寒冷地シニア夫婦節約dialy📚

悪性リンパ腫を患った主人と2人暮らしのシニア女子の節約の様子や葛藤、思いを自分の言葉で綴ります。

幻覚

こんにちは☆

 

穏やかな一日に

なりますように🌿

 

私が大好きだった

叔母は80歳くらいで

認知症なりました。

 

アルツハイマー

ではなくて

ルビー小隊のほうです。

 

叔母が入っていた

施設ではほとんどの方が

アルツハイマーでした。

 

私の家からあまり

遠くないところに

施設がありました。

 

私と父は頻繁に

(父は叔母の兄)

叔母に会いに

行きました。

 

当時身内に認知症患者は

他にいないこともあり

私も父も知識があまり

ありませんでした💦💦

 

最初の何回かは

ごく普通に叔母に

面会して3人で

穏やかに過ごしました

 

少しずつ叔母の様子が

普通ではないことが

わかりました。

 

見た目は全く

ふつうなのですが、

歩き方が少しですが

前のめりで、変な

テンポで歩くのです。

 

さらに叔母は

幻覚を頻繁に見て、

現実との区別が

つかなくなる事が

あるのもわかりました。

 

とは言え父には

幻覚についての理解が

足りませんでした。

 

ある時、叔母が

少し奇妙な話をした時に

父は叔母を言葉で

攻撃してしまった

のです🌀🌀

 

当たり前ですが

認知症であっても

自尊心はあります!

 

バカにされたり

きつく言われれば

泣いたり怒ったりします。

 

叔母は当然

怒りましたし、涙を

浮かべて父に

抗議しました‼️

 

父はそれからは

叔母には会いに行かなく

なってしまいました💦

 

私が一人で行くように

なったのです。

 

私は叔母の気持ちも

分かりましたが、父の

気持ちも分かりました。

 

まだ認知症の事を

よくわからなかったのです

 

 

 

それから何年か経って

叔母は亡くなりました。

 

父はその時私の従兄弟に

こう話していました。

 

妹に悪いことを

してしまった、

認知症なのに

喧嘩してしまって

会いに行かなかったと。

 

父はとても後悔して

いるようでした。

 

基本父は優しくて

温厚な人なので、叔母は

それをよく知っていました

 

父は叔母を心配しては

いましたが、医者や

看護師ではないので

十分な配慮は

できなかったのです。

 

病院関係の仕事を

している従兄弟は父に

よくあることなのよ、

気にしないでと言って

慰めてくれました。

 

私は父が悔いている

事自体、叔母への愛情が 

あったことの

印だと思っています😉

 

 

 

ではまた👋👋👋

 

 

 

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